小児疾患の治療法を打ち立てるための研究について紹介します。
小児の医学研究では細胞移植治療や遺伝子治療など精密な技術評価に基づいた治療開発が推進されています。
特に遺伝子解析技術の高速化とワークフローの整備によって医療現場での活用が行われるようになってきています。
血友病に対する遺伝子治療の海外での動向
Valoctocogene Roxaparvovec (Roctavian) 成人重症型血友病Aに対する第8因子を搭載したAAV5ウイルスベクターの1回投与。2023年6月FDA承認。文献としてはOzelo MC et al., NEJM 2022, DOI: 10.1056/NEJMoa2113708. 治験参加者は18歳以上。肝特異的プロモータを用いる。
Etranacogene Dezaparvovec (Hemgenix, CSL社) 成人血友病Bに対するAAV5ベクターを用いたF9-Pauda遺伝子の1回投与。2022年11月FDA承認。2023年2月欧州で承認。
文献としてはPipe SW et al., NEJM 2023, DOI: 10.1056/NEJMoa2211644. AAV5中和抗体の存在によらず有効性が認められた。
脊髄性筋萎縮症の遺伝子治療
Mendell JR et al., NEJM, 2017. AAV9によって搭載されたSMN1遺伝子の静脈単回投与。
遺伝子治療の海外における治験例
Mendell JR et al., Molecular Therapy, 2021.
_AAV9-SMN1は脳血管関門を通過して神経細胞に到達する。onasemnogene abeparvovec (Zolgensma)、2019年5月FDA承認。
_デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)に対するrAAVrh74.MHCK7.microdystrophinの静脈投与。MHCK7 promoterとα-myosin enhancerを使用。rAAV9.mini-dystrohin。
_他にも、以下の疾患に対して遺伝子治療の技術開発が行われている: X-linked myotubular myopathy [XLMTM], Alzheimer’s disease [AD], Parkinson’s disease [PD], Canavan disease [CD], aromatic l-amino acid decarboxylase [AADC] deficiency, giant axonal neuropathy [GAN], Leber congenital amaurosis [LCA], age-related macular degeneration [AMD], choroideremia, achromatopsia [ACHM], retinitis pigmentosa, and X-linked retinoschisis [XLRS], hemophilia, and lysosomal storage disorders (LSDs).
_voretigene neparvovec-rzyl (Luxturna)
Takenouchi-Kosaki syndrome
症状:巨大血小板性血小板低下症、知的障害、屈指、感音性難聴、特徴的顔貌。一部の患者で甲状腺機能低下、反復感染症、リンパ浮腫。
遺伝子変異:CDC42(p.Tyr64Cys, p.Arg68Glnなど)
Takenouchi T et al., 2015 AJMG, doi.org/10.1002/ajmg.a.37275.
迅速ゲノム検査
Maron JL et al., JAMA, 2023. GEMINI study. 1歳以下の遺伝子疾患疑い症例。400人が参加。血液1ml。WGS→DRAGEN, Fabric Enterprise Platform. 結果返却所要時間(TTR)の中央値146.6時間
Owen MJ et al., Nat Comm, 2022. "13.5hr WGS" NovaSeq6000 rWGS (rapid diagnostic WGS)→DRAGEN v3.7.
WGS
Improved diagnostic yield compared with targeted gene sequencing panels suggests a role for whole-genome sequencing as a first-tier genetic test
Lionel et al., Genetics in Medicine, 2017, doi:10.1038/gim.2017.119
小児患者103人, 41%で診断的価値のある変異同定。The Hospital for Sick Children (Toronto). HiSeq X, PE150bp, BCL2FASTQ. Starling (SNVs, small indel), ERDS, CNVnator (CNVs).
Recommendations for whole genome sequencing in diagnostics for rare diseases
European Journal of Human Genetics (2022) 30:1017–1021
EuroGentest, Solve-RD. CNVs, SVs (inversion etc), variants in regulatory or intronic regions (non-coding), repeat expansion. 44のRecommendation.
Exome sequencing
Clinical Whole-Exome Sequencing for the Diagnosis of Mendelian Disorders
Yang Y et al., NEJM, 2013;369:1502-11.
250人 (内80%が神経疾患の疑い) の発端者についてWES。Baylor大学。86の変異アレルを同定。62人(25%)は原因遺伝子か。30人でincidental findingがあった。背景として、遺伝子疾患の患者は1000出生に40-82人の割合。8%が成人までに診断。WESだとCNVの検出でもアレイCGHを上回る。
Atlas of fetal metabolism during mid-to-late gestation and diabetic pregnancy
Perez-Ramirez et al., 2024, Cell 187, 204–215
母体栄養状態が胎仔組織細胞にどのように影響を与えるか、マウス(E10.5-18.5)で13C-glucoseを用いた炭素トレーシング(LC-MS)で胎児脳・心臓・肝臓・胎盤で検証。母体糖尿病モデルは秋田大学で開発されたAkita mouseであり、β細胞の機能異常のため生後10週までに非肥満性糖尿病を呈する。糖尿病母体の胎仔ではソルビトールの増加、脳アミノ酸変化、ヒスチジン由来の代謝物の蓄積を認めた。母体の代謝性疾患がどのように胎児に影響するのか分子レベルで明らかにした点が新規。
Microglia maintain structural integrity during fetal brain morphogenesis
Lawrence AR et al., Cell 187, 962–980, 2024
マウス胎児期のミクログリアは形態形成による物理的ストレス修復に役割があり、欠損すると形態形成中の脳に空隙ができる。胎児ミクログリアの集積は2か所(皮質-線条体-扁桃の境界CSAと皮質-中隔の境界CSB)に認められ、共通の性質が認められるが個別性は未知。老廃物除去に携わる脳細胞にはアストロサイトがあるが胎児期には少なく、アストロサイトの役割を補完するのという見方もあるのかも知れない。胎児ミクログリアを特徴づけるのはSpp1(Osteopontin)の発現であり、Spp1-nullマウスでも空隙形成が起きる。胎生期の形態形成に伴うマクロな変形が物理的なダメージを生じているという主張がユニーク。
A genome-wide spectrum of tandem repeat expansions in 338,963 humans
Cui Y et al., Cell 187, 2336–2341, April 25, 2024
ヒトゲノムで解析が遅れていたタンデムリピート(TR)について33万人の配列を分析し、これまでのgnomADを拡張し、TR-gnomADとして公開した。TR解析については先行している研究に1000 Genome ProjectやH3Africaコホートがあった。"GTGTGTGTGT..."のようなTRはゲノムの6%を占め変異頻度も高い。ExpansionHunter v5.0.0やGangSTR v2.5を使用。利用されたゲノムデータはショートリードのシーケンサーで得られたものなので、ロングリードでの解析の有効性が残された。
Genome-wide characterization of circulating metabolic biomarkers
Nature, 10.1038/s41586-024-07148-y, 2024
MRS (MSよりハイスループットにしやすい)で233化合物を33コホート「13万人」の循環血で検出、GWASと並行実施しMRSで検出された代謝物と関連するQTLを探索した。フィンランドのグループが主導したコンソーシアム。3分の2の代謝物でcausalな関わりを遺伝子をもつ遺伝子を検出。例えばグルタミンに関連が認められた遺伝子座は26あり、GLS (glutaminase), PLCL1, SFXN1, KCNK16, MED23, SLC25A29, PCK1など。メンデリアン・ランダマイゼーションも実施し、アセトンと高脂血症の間に関連性を検出。代謝物の物質量を調節する遺伝子を同定するには、通常は生化学的な代謝経路を考えて関連する酵素をコードする遺伝子を列挙するのに対し、この方法だと機序は不明だが因果関係のある遺伝子が網羅同定される。新たな代謝調節経路の発見につながる可能性がある。
Single-cell, whole-embryo phenotyping of mammalian developmental disorders
Huang X et al., Nature, 10.1038/s41586-023-06548-w, 2023
E13.5マウス胚でsnRNA-seqを実施することにより、遺伝子変異による影響をシステマティックに見つけようという試み (cell composition analysis: 細胞構成解析)。野生型4体と22変異体合計101体(n=4)。1体あたり16,000細胞を解析。瞬間凍結した胚から核を分取。sci-RNA-seq3というプロトコルで検体処理。同グループは先行研究でE9.5からE13.5の変化を追跡したMOCA(mouse organogenesis cell atlas)を発表しており、今回のデータセットであるMMCA(mouse mutant cell atlas)との比較により体内臓器ごとに発生段階の進行度にずれが生じることにも知見を述べている。遺伝子改変を行ったとき、「なぜその臓器でフェノタイプが出るか」という質問をよく受けるが、この解析を行えばよりシステマティック・定量的に状況がわかる。必ずしもその遺伝子の発現が高い臓器でのみ表現型が出るわけではないと予想され、そのからくりが説明できるかも知れない。
Cell-type-resolved mosaicism reveals clonal dynamics of the human forebrain
Chung C et al., Nature, 10.1038/s41586-024-07292-5, 2024
体細胞変異をWGSで同定してその共通性に基づきクローナリティをヒト脳で探索した。lineage tracingとしてはマウスではウイルス感染によるバーコーディングが行われる。脳(70, 73歳)の新皮質・基底核・海馬・視床・小脳 (+心臓・肝臓・腎臓・副腎・皮膚)についてWGS (300x)を行い、体細胞変異によるモザイクをリストアップ。ついでシングル核をDLX1(抑制性ニューロン), TBR1(興奮性ニューロン), COUPTFII(CGE由来抑制性ニューロン)で抗体染色してソーティング(FANS)し、ゲノム・トランスクリプトームを同時解析(ResolveOME)。各クローンの分布を調べたところ、海馬は他領域とクローンを共有しない傾向があった。片側性巨脳症で皮質と基底核に構造異常が認められる知見に合致する。霊長類ではげっ歯類と異なりdorsal pillumからも皮質抑制性ニューロンが供給されること示唆する先行研究と合致。
A cross-species proteomic map reveals neoteny of human synapse development
Wang L et al., Nature, 10.1038/s41586-023-06542-2, 2023
ヒト、マカクザル、マウスで新皮質のシナプス後肥厚(PSD)の1000種類の蛋白質定量を胎生期から青年期にかけて実施。ヒト成熟は遅く、分子としてはRhoGEF発現が高く樹状突起やシナプス成熟を遅らせる結果、ヒト脳のネオテニー(幼形成熟)につながる。ヒトは胎生18-19週、22-23週、28-41週、0-1歳、4-8歳、18-22歳。マカクザルでは胎生75-85日, 95-110日、0-1歳、1-3歳、8-10歳。マウスではP0, 9, 13, 18, 36で実施。PSDプロテオミクスは密度勾配遠心で濃縮したシナプス膜分画に対して実施。若年性生物学が対象としている幼少期の長さには種差があり、ヒトで特に長いがその原理や生理的意義は不明。生後の成熟プロセスにおける種差を分子レベルで検証する研究自体が珍しい。
A genomic mutational constraint map using variation in 76,156 human genomes
Chen S et al., Nature, 10.1038/s41586-023-06045-0, 2023
gnomaAD (v3.1.2)の7万人のWGSデータからgenone constraint (変異の起こりにくさ=Gnocchi scoreとして定義)についてのデータ解析を行い、Gnocchiとして報告。Broad Instituteを初め229研究機関の研究者が貢献。Constraintをnon-coding領域にまで広げたことで、clinical WGS解析を行ったときに見るべき配列を深度(用途)に応じて選択できるようになった。non-coding配列はコドン内の位置を考慮する必要がないが、CpGについてはメチル化という機能的重みがあるので、それも考慮して標準化している。gnomADのデータビューにGnocchi scoreも表示されるようになった。
Ciliopathy patient variants reveal organelle-specific functions for TUBB4B in axonemal microtubules
Dodd et al., Science 384, eadf5489 (2024)
TUBB4B変異がmotile ciliaの異常を来し、シリア病の原因となる。呼吸上皮細胞を鼻腔擦過により採取・培養できる。内臓逆位は患者でもnullマウスでも認められない。またnon-motile ciliaである一次線毛(primary cilia)には異常がなく、primary ciliaが重要な役割を果たす発生期において異常は認められない。アミノ酸変異はチューブリンのヘテロダイマー形成を障害する。このアイソタイプはmotile ciliaに特異的な役割があるという内容。遺伝子疾患の治療介入のため、分子生理が歯切れよく理解できていることはアドバンテージとなる。その切り分けには細胞や動物などでの解析が大事。
Metabolic inflexibility promotes mitochondrial health during liver regeneration
X. Wang et al., Science 384, eadj4301, 2024
マウス肝で呼吸鎖複合体IやIVを阻害しても短期的には影響がない。しかし、電子伝達鎖(ETC)の機能異常がある肝細胞はβ酸化で脂肪酸からアセチルCoAを作れず、ピルビン酸や酢酸からの代替経路が働かない(metabolic inflexibility)ため、再生(増殖)が妨げられる。この機構は再生における肝細胞の品質管理に寄与する。実験系としては部分(70%)切除につづく肝再生。MITO-TAGアレル (HA-GFP-omp25)をもつマウスではHA磁気ビーズでミトコンドリアを単離できる。13Cパルミチン酸・13Cグルコース・13C酢酸やD2Oを用いたmetabolic tracing (LC-MS)やAAV-Creの感染によるin vivo-mosaic KOなど広く技術を活用。肝再生でミトコンドリア代謝が柔軟に変化することでアセチルCoAを生み出す。
参画させて頂いているResearch Community
AMED-PRIME
多細胞自律性 マルチセルラーオートノミー (学術変革領域A)
IRUD
J-RDMM
所属学会
日本小児科学会
日本神経科学学会
日本人類遺伝学会
日本小児神経学会
日本小児内分泌学会
日本先天代謝異常学会
日本循環器学会
日本小児循環器学会
日本生化学会
日本生物物理学会
日本数理生物学会
日本バイオインフォマティクス学会